良い商品をつくり、良いサービスを形成すれば、それだけで売れるというわけではありません。それがいかに消費者の需要に適っていたとしてもです。良い商品、サービスであっても、売れるにはきっかけが必要です。では、そのきっかけとは、どこにあり、どうやって見つけたらいいのでしょうか。
近年では、クレームを「対応するもの」として捉え、「いかにそれ以上問題を大きくしないか」に汲々としているように感じます。クレームが恐ろしい結果を導く可能性があるがゆえに、騒ぎを大きくしないようにすることも理解できます。
しかし、クレームは別の捉え方もできるはずです。
その新しい商品の開発を始めようとしたその時、A社はすでに十分成長した会社でした。A社はインスタントコーヒーの分野で世界の覇者と認識されていたのです。
しかし、ロースト&グラウンド(R&G、飲む直前に豆から抽出するレギュラーコーヒー)の分野では、他社の後塵を拝する状況でした。
そして、R&Gこそがコーヒービジネス業界の主要な分野であり、業界売上の7割がR&Gで占められていたのです。
その状況を打開する商品と考えられたのが、シングルサーブのエスプレッソマシンでした。70年代、A社は独自に研究開発を始め、新たなエスプレッソマシンを世に出したのは約10年後、80年代の半ばでした。時間はかかりましたが、それだけの価値は十分にありました。
既存のコーヒーメーカーよりも手軽に本格的なコーヒーを淹れることができ、従来の幅を取る割には故障しがちなエスプレッソマシンとは違い、コンパクトかつ信頼性にあふれていました。
これで売れないはずがありません。A社は意気揚々と新商品を市場に投入したのです。
ところが、期待は裏切られたのです。
87年まで売れたのは製造台数の半分に過ぎませんでした。
というのも、A社は当初、カフェやレストラン、オフィスなどを主なターゲットと考えていました。営業もこれらの分野に集中しました。
しかし、コンパクトで使いやすいという二大長所が彼らには魅力的には映らなかったのです。
大概のレストランやカフェのキッチンは特に狭いというわけではなかったからです。
また、簡単に本格的なエスプレッソが淹れられるという美点は、バリスタからはむしろ脅威と見なされたのです。
A社はレストラン、カフェ、オフィス市場からの撤退を余儀なくされ、その後家電業界へと転進しました。
家電業界の各店も喜んでA社の申し入れを受けいれたところばかりではありませんでした。販売員も売ることにあまり熱心ではなく、A社のマシンは長いこと売り場に留め置かれることになります。
するとコーヒーカプセルが劣化してしまいます。品質管理の手間からコーヒーカプセルを置きたがらない販売店もありました。
すると当然、顧客からカプセルをどこで買えばいいんだというクレームが寄せられるようにもなります。この状況はA社のマシンに止めを刺しかねない深刻なものでした。
追い詰められたA社長の採った方法が、消費者への直販でした。
ただ、この挑戦も意気込みの割に当初は期待通りにいかなかったようです。
原因は、ただ漠然と直販をするという事実を消費者に伝えただけだったから、と考えられました。そこでA社長は、エスプレッソマシンのコンセプトに合った直販をするよう方針を変更します。
つまり「あなただけの特別な一杯を手軽に」を強調したのです。
このコンセプトをカプセルの販売段階から実現するために、「プレミアム・クラブ」を開設し、会員限定のサービスを受けられるようにしました
会員は何十種類もあるカプセルの中から自分好みのものを、たった一つからでも注文できます。当初、会員の伸びは遅々としたものでした。今日3人、次の日に5人といった感じです。このペースに変化が見られたのは1カ月を過ぎたころでした。100人、1000人単位で会員が増え出したのです。コンセプトが届き、口コミで広がった結果と思われます。
しかし、まだ問題がいくつもありました。最大のものが、「コーヒーが抽出されない」「カプセルが排出されない」といった類のクレームです。
もっとも、これらは顧客が間違った使い方をしていたことが原因でしたが、クレームが存在していたことは否定できません。
そこでA社が採った方策は、実演販売による潜在顧客への「教導」でした。
購入前に使い方をしっかり理解してもらい、同時に試飲も行うことで販売促進にもつながりますから、まさに一石二鳥と思える施策でした。
A社のエスプレッソマシンは、開発当初から間違いなく良い商品でした。それにも拘らず、市場の反応は良くありませんでした。つまり、「商品の良さがそのまま購買にはつながらない」ということです。
ご自身の購買行動にも思い当たる点があるかと思いますが、ほとんどの消費者には怠惰、懐疑主義、習慣、無関心という性質があります。良い商品らしいとは聞いていても、様子見を決め込むのです。これを打ち破るには何らかのきっかけが必要です。
A社の場合、さまざまな手段を用いながら、一つの目的に注力しました。「自分の求めているのはこれだ」という感情に訴えかけたのです。
そして、その感情を見つけ出すには消費者のもう一つの感情、つまりクレームを参考にしてはどうでしょう。クレームという感情をマイナスに捉えれば、その人は二度と振り向いてはくれません。しかしプラスに捉えれば、その人はファンになってくれるかもしれないのです。
「問題が見つかるというのは、新たなビジネスが見つかるということだ」とA社のCEOが言っているのは、まさにこのことを指しているのではないでしょうか。