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赤坂の社労士事務所

福岡市中央区赤坂の社労士事務所「赤坂経営労務事務所」の
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労働・社会保険の諸手続や助成金活用、給与計算、就業規則の
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社会保険労務士法人赤坂経営労務事務所
代表社員 大澤 彰

会社と社員の関係を問い直す

経営

 優秀な人材にはできるだけ長く会社で働いてほしい、これは経営者に共通の願いです。
  しかし、優秀な人ほど早く会社から去って行くものですから皮肉です。どうしたら優秀な社員に長く会社に勤めてもらえるのでしょうか。
 そのためには信頼関係が必要です。ところが、経営環境・雇用環境はかってのままではありません。刻々と変わりつつあります。新たな環境に対応する新たな信頼関係が求められています。

 社員が会社を辞めると経営者であるあなたに告げたとき、どのように感じるでしょうか。
「今まで良くしてあげたのにどうして」という気持ちが少しもないと言えば嘘になるはずです。できる社員であれば、なおさらその気持ちは強くなります。
 ですから、社員が会社を辞めるとき、その行為はときに裏切りとして経営者には映ります。
 その社員のために、これまで時間と手間とお金を投資してきたのですから、そう思うのも仕方ありません。
 しかし、社員がいつか会社を去って行くことは薄々感じていたのではないでしょうか。

 一時期、「七五三現象」が問題になりました。就職して3年以内に中卒の7割、高卒の5割、大卒の3割が離職する現象のことです。その傾向は今もあまり変わっていません。
 一方で、会社側も平気でリストラする世の中です。経営環境、雇用環境は刻々と変わっているのに、雇用における信頼関係だけが、かってのままを要求されるという理不尽があります。
 さらに付け加えるならば、会社を辞めた社員との関係を良好に保っている会社はまれです。もっと建設的な関係を築けないものでしょうか。

 代表を務めるA社長の実家は母親が一人で切り盛りする美容室で、小さいころからその姿を見てきたのが、この道を志すきっかけでした。
 1店舗目はどこにでもある美容室だったと言っていいでしょう。しかし、A社長のしっかりした技術と心地よい接客が浸透し出すと、予約の取りづらい美容室になるまでにそう時間はかかりませんでした。
 以来、着実に売上を伸ばし、2店舗、3店舗と新たに美容室をオープンさせていきました。

 会社の成長とともに従業員の数が増えていったことは言うまでもありません。技術スタッフだけでなく、各種事務スタッフ、営業担当や店舗運営に関わるスタッフなど、多様な人材がA社の陣営を固めていきました。
 ただ、こうした中である問題がA社においてどんどん大きくなっていったといいます。
 それは人材の確保でした。元々、美容業界は人の出入りが激しい業界と言われています。
 というのも、独立がしやすいからです。工事が終わってみたらまた美容室だった、という光景をあなたも見たことがあるのではないでしょうか。
 A社長が抱える悩みもまさにここにありました。時間と労力とお金をかけて、せっかく育ててきたスタッフに、さあこれからというときに辞められてしまうのです。

 人の出入りが激しく、技術を身に付けたスタッフがどんどん独立していくという業界の風潮はA社長も重々承知していましたから、仕方ないと思うことにしていました。
 そんな中、若手企業家の集まりで思わぬ話を聞かされます。アメリカで急成長しているベンチャー企業の視察ツアーが企画されたのです。視察先にシリコンバレーのIT企業もあると知ると、A社長はにわかに興味をそそられました。
 IT業界の人材の入れ替わりの早さは美容業界の比ではないと聞いています。
 シリコンバレーでは午前中こちらの会社で働いていたと思ったら、午後から違う会社で働き始めているというウソかホントか分からない話もあるようです。
 そんな業界でどうやって人材を確保しているのだろう。
 こんな疑問が咄嗟にA社長の頭に浮かびました。
 この疑問を解くには現地に行って自分の目で確かめるしかない。こうしてA社長はアメリカに向かったのです。

 IT企業(B社)を訪れたとき、A社長はCEOに対して例の疑問を率直にぶつけてみました。 彼の答えは短いものでしたが、A社長を驚かすのには十分でした。
 「うちの会社は社員の退職は大歓迎です」
 これには補足が必要です。
 むしろ真逆の考え方に基づいています。
 「当社ではこの社員はいずれ辞めるだろうとの認識を前提にしています。実はこれが相手から信頼を得るベストの方法で、それゆえに優れた人材に会社に留まろうと思わせることができています」
 B社では、社員と会社との間でアライアンス(提携)を結ぶのだそうです。
 一般にビジネス用語では、アライアンスは企業同士の提携を指しますから、社員との提携というのは聞き慣れません。
 
 B社ではコミットメント期間というものを設けています。「責任ある約束」期間と訳されましょうか。つまり、社員は会社に対して意義ある変革や仕事を成し遂げる約束をします。
 一方、会社も社員に対して、それらの仕事を通してキャリアアップへつなげ、またそのための支援を怠らないことを約束します。
 フリーエージェント制と似ているようですが、コミットメント期間は双方向の関係性というところが違っています。
 また、期間とは言っても具体的な年月が規定されるわけではなく、コミットメント目標が達成されるまでがその期間となるそうです。

 なんでこのやり方で会社を辞める人が減るのかというA社長のもっともな疑問に対してもB社CEOは答えを用意していました。
 「コミットメント期間中、会社と社員は互いにフィードバックを繰り返します。目標の進捗を確認して必要とあらば上司は適切な指示、支援を与えます」
 社員は会社が当初の約束通り、自分のキャリアアップにつながる行動をしてくれているか否かを確認します。結果として、両者の信頼関係は深まり、ひとつのコミットメント期間が終わっても、社員が次のコミットメント期間に取り組んでくれる可能性は高まります」
 
  A社長は帰国後すぐにこのやり方を取り入れてみたそうです。
 各社員が身に付けたい技術、到達したいキャリアを聞き取り、それらとA社が必要としていることとの整合性をつける作業は時間もかかりましたし、実際大変でした。
 例えば、将来的に自分のヘアサロンを開くことを望んでいる社員に対して、顧客管理方法をより効率的かつ温かみのあるものに一新するというコミットメント目標が設定されました。
 フィードバックを重ねて期間が終了(=目標の達成)すると、社員と会社の双方が利益を享受していることが明らかに実感できたのです。
 この社員は独立志向をもっているにもかかわらず、「フランチャイズ店舗のレベル向上」を目標として次のコミットメント期間に取り組んでいるそうです。
 優秀な人材に長く働いてほしいのは経営者に共通の思いです。ですから、会社を辞めるのは一種の裏切りのニュアンスがこれまで付きまといました。
 しかし、会社と社員の間で退職も含めた率直な話し合いが予め持たれるならば、双方の利益となる建設的な関係(退職後まで)が生まれるのではないでしょうか。

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