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赤坂の社労士事務所

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社会保険労務士法人赤坂経営労務事務所
代表社員 大澤 彰

「権限委譲」社員が自律的に動く組織

人事・労務

 ビジネスの現場において権限委譲の重要性が言われるようになって久しいですが、未だに重要性は変わりませんし、むしろ増しているとさえ言えます。ところが、中小企業の経営者にとって権限委譲は苦手な仕事のうちのひとつかも知れません。なぜなら、会社で最も活躍するプレイヤーが経営者であることが少なくないからです。
 そこでここでは、権限委譲をどこまで、そしてどうやるべきかを考えてみます。

 ビジネスの現場で「権限委譲」という言葉をよく聞きます。「上司のもつ権限を部下に与え、任せること」ですが、むしろ聞き飽きたという方もいるかもしれません。それでも繰り返し言われるというのは、それがビジネスにおいて大切であり、しかも実現するのが難しいからではないでしょうか。
 実態を知るためにも、まずは権限委譲の目的を確認しておきます。それは社員のモチベーションを高め、自律性や創造性を高めるというのが狙いです。

 中小企業の経営者が頭では分かっていても、なかなか徹底し切れないのが権限委譲ではないでしょうか。なぜなら、会社で一番のスタープレイヤーが経営者であることが少なくないからです。
 しかし、人がひとりでできることなど、たかが知れています。だから権限委譲は大切です。
 権限と責任はワンセットです。ですから社員に権限と責任がともに与えられているのが理想です。反対に、権限はないけど責任だけはあるのは最悪です。

 A社は外食チェーンを展開する創業20年の会社です。
 昼時はビジネスマンで店内はいっぱいです。そして、夕飯時になれば今度はビジネスマンに加えて家族連れの姿も多く見られるようになります。
 しかし、週末ともなると行列ができるほどの人気を集めているのは、どうやらそれだけではなさそうです。

 A社は各店舗にアンケート用紙を置いたり、ホームページに問い合わせ欄を設置したりしていますが、そこに寄せられるお客さまの声は接客に関するものが大多数です。なかにはこんなものがありました。
 「お代わりを周りにきこえないように小さな声で勧めてくださったのが嬉しかったです」
 このようにお客さまに対する社員の細やかな心配りがA社の人気に繋がっています。
 こうした社員の接客はマニュアルには書いてありません。ある社員が自分の考えで始めたやり方だからです。ただ、「こういうやり方もあるよ」というのは店舗で働く全員が知っています。
 なぜなら、こんな要望があった、こんなやり方をしたらこんな反応があったというのを全員が共有しているからです。

 社員が自らの頭で考えて自分から動くという体制は、経営者にとって何と羨ましい状況でしょう。
 しかし、A社も創業当初からこんなふうに会社が運営されていたわけでは、ありません。A社長の苦い経験が根底にあったからこそ今があると言えるでしょう。
 A社長は若いころから起業家精神が旺盛でした。生まれ故郷のある地方都市で初めての飲食店を出店したのは26歳のときだったそうです。
 当時、地方の外食産業はそれほど充実していませんでした。ですから、他で当たっている業態をそのまま持って来ようというのがA社長の目論見でした。
 果たして、その目論見は大いに受けました。当時はまだ珍しかったピザとパスタのお店をオープンしたところ、あっという間に行列店となりました。
 その後も、炉端焼きや大皿料理のお店を次々とオープンさせていきました。店を開くたびに大当たりを出すものですから、A社長は得意の絶頂にありました。

 好事魔多しとはよく言ったものです。A社長の場合、このことわざ通りの経験をすることになります。
 それは新たにいけす料理の店をオープンしたときのことです。店内の大きないけすに、たくさんの魚が泳ぐ光景は瞬く間に話題となって、連日の大盛況です。
 ところがオープンから1カ月ほど経ったころ、開店時間に店に行ってみるとシャッターが閉まったままです。店長に電話してみても呼び出し音が空しく鳴るばかりです。
 一時間、二時間と店長に電話をかけ続けましたが、ついに繋がることはありませんでした。さすがに、おかしいと思ったA社長は事務所に取って返すや、履歴書を引っ張り出して新規オープンに合わせて雇った社員たちに次々と電話をかけていったそうです。
 しかし結果は同じでした。その後、真相はすぐに判明しました。A社長がオープンした業態とほとんど変わらない店がわずか200メートルほど離れた場所に新規開店したのです。
 そして、そこで働く全員がかってA社長の店で働いていた社員でした。

 この事態を知ってから1カ月月ほど、A社長はまるで仕事が手につかなかったそうです。自分を裏切った社員を恨んだそうです。無理もありません。
 しかし、半年も経つとA社長の心境に変化が表れ始めました。「裏切りと思える行為も結局は自分が招いた結果ではないか」というものです。
 当時、A社長の価値観はお金だけでした。会社はお金を稼ぐための手段でしかありませんでしたし、会社で働く社員たちに提示できる価値もまたお金だけでした。

 以後、A社長は自分が本当に大切にしたい価値観、一生を賭けても残したい店というものを考え始めました。それは結局、言葉にすれば単純なものでした。
 「来てくれるお客さまも、働いている社員も気持ちよくなれる場所」それがA社長の求めるものでした。
 といって、それがどうやったら実現できるかは分かりません。はっきりしているのはお金だけを求めてはいけないということだけでした。
 そうして、それまでやっていたお店をすべて閉めて、新たに始めたのが今に続く外食チェーン店です。
 20年が経ち、30店舗あまりを展開する現在までに、A社長がやってきたことを一言で表すなら「権限委譲」に尽きるでしょう。
 手垢のついた言葉に聞こえるかもしれませんが、手酷い「裏切り」に遭ったA社長が行なったそれはやはり重みがあります。
 巷で見られるような形だけの権限委譲ではありませんでした。

 まず、各店舗の店長には責任と権限、予算などが明文化された職務依頼書が渡されます。
 それに基づき、店長が店舗の目標や方針を決めます。そして、集められた目標や方針からA社全体の経営目標が決まるのです。さらに、それらを決めるのも各店舗の店長たちです。店長全員が集まっての経営会議で議論が戦わされ、細かな数字までが取り決められます。
 また、経営計画が決定されると、取引先や取引銀行を一堂に集めての説明会が毎年行なわれるのですが、ここで司会を務めるのも店長のうちの一人です。
 店舗の運営が適切に行なわれているか、清潔に保たれているか、レベル維持のため第三者機関に覆面調査を依頼する会社もありますが、A社の場合、それらも店長同士がチェックするそうです。

 店長たちにかなりの権限が任されていますから、そのやり方は各店舗という現場にも、もちろん伝播します。冒頭でご紹介した接客も権限委譲の浸透の結果と言えるでしょう。
 A社長は、権限委譲とは、経営者が何を任せ、何を期待するのかを明文化するところから始まり、社員がその期待を実現するためのサポートをするのが経営者の仕事だと考えているそうです。
 自律的な組織には社員に任せるという、経営者の勇気が必要なのだと思います。

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