働く職場がどんな環境であるかは社員にとっても、経営者にとっても大切です。窓もないような場所で働きたいと思う人は多くはないでしょう。気持ちがふさぎ、気分よく仕事ができません。心地良い空間ならば仕事の効率も上がるというものです。また、職場の空間をどう形づくるかは、経営者がどんな経営をしたいかを如実に表しもします。ということは、職場の空間作りというのは、会社の内外に向けてのメッセージともなり得るのです。
みなさんは毎朝会社のドアを開けてオフィスに足を踏み入れるときどんな気持ちになるでしょうか。
一気に気合いが入る人もいるでしょう。気持ちが沈んでしまう人もいるかもしれません。
あるいはもう慣れ切ってしまい何も感じないという場合もあるでしょう。
しかし、人にはそれぞれ気持ちが湧き立つような空間があるはずです。
自分の家を考えてみれば、きっと自分好みに家具を配置して、絵や写真を飾ったり、雑貨を置いたりもしているでしょう。
業務がスムーズに行うことのできる導線や身体的かつ精神的な快適さ、個と公の使い分けなど、オフィスが持つことの役割は拡大しつつあります。1日の大半を過ごすオフィスでの過ごし方は、従業員のモチベーションの向上や従業員満足度につながり、会社への業績貢献という形で表れてきます。
A社はITを活用した情報分析を提供する会社です。
例えば、来日外国人がフェイスブックやツイッターなどのSNSを利用して、どんな場所に行っているか、どんなものを食べているか、どんなものを買っているかなど、志向を分析してクライアントの販促に役立つ情報を提供しています。
A社は成長につれて、これまでに2回オフィスの引っ越しを経験しています。もちろん手狭になったというのが一番の理由です。ですが、A社長は引っ越しのたびに他に考えることがありました。「我が社らしいスペースが作れないものか」ということです。
A社長はこれまで、さまざまな企業のユニークなオフィス作りをテレビや雑誌などで目にしてきました。
オフィス内の移動に滑り台を使ったり、ビリヤードを楽しめるスペースがあったり、貴族の書斎のような会議室があったり等々。
おもしろいと感じてやってみたいと思っても、どこかであれは資金に余裕があるからできることと、他人事として捉えていました。
そんなA社長が独自のオフィス作りを自分事と捉え始めたのは、ある有名なラーメン店で食事をしたことがきっかけでした。
それはとんこつラーメンのお店で、味もさることながら、独自の店作りでも知られていました。カウンター席が客ひとり分のスペースごとについ立てで仕切られています。
また、ラーメンが出てきた後は前面のすだれも下がり、客はひとりラーメンと向き合うことになります。
このラーメン店がこんな作りになっているのには、もちろん理由があります。
第一に味に集中してほしいからだそうです。さらには女性ひとりでも気兼ねなく来店してもらいたいとの願いもあるようです。
A社長は「味集中カウンター」を体験しました。たしかにラーメンと向き合いました。
盛り付けの美しさ、スープのコク、麺の喉ごし、すべてを味わい尽くしました。
満足して店を出たA社長ですが、帰宅途中には別のラーメン店のことが頭に浮かんでいました。自宅からすぐの月に2、3回は訪れる馴染みの店です。
そのラーメン店はまったく別の作りになっています。
ごく普通のカウンター席とテーブル席があるのは、一般的なラーメン店と変わりません。ラーメン専門店としてちょっと変わっているのは、その奥に小上がりがあることです。
主にこのスペースを使うのは家族連れです。
週末ともなると、若いお父さんお母さんがまだ小学校にも上がっていない子供を連れての来店が引っ切りなしです。そこにお爺ちゃんお婆ちゃんが加わるのも珍しくない風景です。
まだ小さい子供はラーメンを大人のようにはすすれません。食事に時間がかかります。両親が手伝う場合もあります。
彼らにとって小上がりは気持ちよく、気兼ねなく親子でラーメンを楽しめる空間として機能しているようです。
そんな光景を思い出したとき、A社長は空間には店ごとの明確なメッセージがあると確信したのです。
それぞれのラーメン店に味のこだわりがあるのはもちろんです。ただ、店の空間作りによってそれをどんな風に楽しんでほしいかが違っています。
前者がラーメンの味わいに集中してほしいとのメッセージを発信しているのは明らかです。
対して、後者はひとりで来ても、友達、同僚、恋人のふたりで来ても、親子3世代で来ても、楽しくラーメンが食べられる大切な時間を提供したいとのメッセージが感じられます。
これを改めて実感したとき、A社長は自社のオフィス作りに取り組んでみようと決めたのです。
といっても、A社長が当初懸念していた通り、これから伸びていこうという会社は、いくら独自のオフィスを作ろうとしても、資金的にも広さ的にもやれることは限られます。
世間で取り沙汰されているような誰もが羨むような空間をそのまま真似ることはできません。それでも、できることはありそうです。
A社長が最初にやったのは、自社にたくさんある業務のそれぞれで社員をどのような状況におけば成果が上がるか、洗い出すことでした。
そうした観点で自社の仕事を見てみると、他人の関与がなくひたすら集中を要する仕事もあれば、ちょっとした社員同士のコミュニケーションが助けとなる仕事もありました。
あるいは、日頃見慣れている風景から離れてリラックスしたほうが成果が出そうな仕事もありました。
これまではこれらの仕事をたったひとつの空間に押し込めていたことに気づいたのです。
ここからA社長のオフィス作りが始まったのです。
まずしたのは、オフィス全体に観葉植物を配置することでした。業務の分類ごとに種類を変え、それぞれのスペースの用途に違いがあるとのメッセージを込めました。
これまで会議にだけ使っていた部屋を開放して、ちょっとした打ち合わせ、意見調整、雑談なども含めたコミュニケーションにも使えるようにしました。壁に配置されていた本棚の前には机と椅子を置いてパーテーションで区切りました。ひとりで資料と格闘しながらじっくり考えをまとめるスペースです。
また、会議室の一角には特別なスペースを設けました。ここもパーテーションで区切り、大きな水槽にクラゲを泳がせ、リクライニングチェアを置きました。創造を要する仕事に向き合うとき、社員はここに来ます。
最も変わったのは入り口を入ってすぐの来客スペースかもしれません。地球儀が置かれて、壁には大きな世界地図と過去に社員が海外に出かけた写真が貼られ、そのときに感じた生の感想が書き連ねてあります。
「自由な発想で日本と海外の懸け橋になる」というA社の理念を訪れた人々は目の当たりにするようになりました。
A社長が当初考えていたように、オフィス作りは企業それぞれの事情によってやれる範囲は限られてきます。だからといって通り一遍で済ませてしまうのはもったいないと思います。
なぜなら、オフィス空間がどのように形づくられているかによって、それが社員の心情に必ずや反映して会社の業績に影響を及ぼし得るからです。
のみならず、うまくやりさえすれば、オフィス環境作りは企業理念を相当程度まで表現し、会社の内外へのメッセージともなります。あなたの会社にはどんなオフィス空間がふさわしいでしょう。