企業内コミュニケーションの実態調査によると、コミュニケーション不足を感じているトップは「部署を超えた社員同士」です。そして、今の日本企業の一般的な組織の在り方は部署制です。
A社は防犯・防災グッズ、セキュリティ用品の販売や取り付け工事などを行なう会社です。
その守備範囲は広く、防犯カメラや防犯アラーム、各種カギはもちろんのこと、PC上のデータを守るための各種機器の開発・販売や暗号化対策にまで及びます。
もともとはカギの小売店として60年前にスタートしたのですが、その後セキュリティ全般にまで職域を広げていき、現在に至っています。
従業員は200名を超えるまでに成長しています。
このA社に近年、代替わりがあり、社長は創業家一族が務めており、創業者からみると孫にあたる人物が新たにA社の代表となったのです。
新たに代表となったA社長は、実はA社の経営に歯がゆさを感じていました。
それは、A社は営業部門の中でA、Bの部署に分かれていて、全体としては利益を上げています。しかし、実はB部署では四期連続赤字で、他部署の黒字で補填されているというのが実情です。
そうした事情は、直前まで取締役事業部長を務めていましたから、もちろん知っていました。しかし、なぜそうなっているかまでは把握していなかったのです。
ですから、A社長が何から始めたかというと、どうして赤字がでているか、B部署の徹底的な実態調査です。
そのための人選はすでにできていました。直属の部下であった3人と、他の部門ではあったけれど見込みがあると以前から目をつけていた2人です。
選抜メンバーがこの仕事を引き受けたのは、A社長が最後に付け加えた言葉があったからでした。
「何があっても最後までサポートするから思い切ってやってほしい」。こうしてA社長の下、赤字解消チームが発足したのです。
しかし、ここからが大変でした。チームは早速、週末を利用して2泊3日の合宿を張りました。もちろん、A社長も参加しています。改めてA社長の決意が語られます。「聖域はない」と。
ここで、A社の事業の強みと弱みを細大漏らさず挙げていこうとの意図です。ただ、作業をやりやすくするため、A社長が三つの項目を並べました。
それが①経常業務(開発、生産、マーケティング、販売、サービスなど)、②戦略(他社を凌駕するためのシナリオ)、③組織(組織の在り方、社員の士気、リーダーシップなど)です。
B部署に限らず、A社の強み、弱みをすべて明るみに出そうというのがA社長の狙いでした。
チームは300を超える強みと弱みを挙げたといいます。夕食の後は、これらから「何を引き出すか」の作業が始まりました。しかし、その作業は難航しました。さまざまな部門から集まっているメンバーであるため、それぞれにものの見方が違うために、言い分も違ってくるからです。
A社長には、このやり取りこそがA社の一部署が赤字を垂れ流している原因を如実に表しているように見えました。
A社には「すべての社員が参照すべき拠り所」がなかったのです。
A社長は会社としての「コンセプト」を改めて定めることを提案しました。何を大切にして商売をするかということを見直してみようということです。
それは「顧客目線になる」というものでした。これを採用してみると、300超の強み、弱みが一つに収斂されていったのです。
要するに、今のA社は、部門ごとに仕事が分かれており、自分たちの仕事には精通していますが、全体の流れに責任はないから、口をはさみにくい。そして興味もありませんでした。
部門ごとに優先度が違いますから、何を決めるにしても時間がかかり、ツケを払わされるのは顧客、一番大事だったのは自分の部門の立場を守ることだったからです。
A社がすべきは自分たちの利益のためではなく、顧客の利益のために組織を作り直すことだと結論付けられました。
合宿の残りの時間を費やして、その素案が形作られました。これまでの機能別の部門(開発部、生産部、営業部など)ではなく、商品群ごとに部門(一チームに開発部・生産部・営業部全て揃っている)を形成するというのがそれです。
チームは赤字の原因を徹底究明し、それを解消するための組織改編を提唱、さらに全社員を納得させなければいけません。徹夜続きでチームが上程した赤字の実態は、A社長が想定していたレベルを超えていました。
四期連続の赤字部署は、実は八期前から赤字で、それを見えなくしていたのは決算マジックだったという実情です。
A社長にとっては耳の痛い報告です。チームも言うのにかなりの勇気を必要としたそうです。しかし、その実情をA社長は自分の責任として受け止めたそうです。
その後の3ヵ月で組織改編を成し遂げました。その骨子となったのが、機能別の部門割から、商品別の部門割への変更です。
これによって、開発、生産、営業の各部門がひとつの部門にまとめられました。もちろん強い反発はありましたが、赤字の原因を論理的に突きつけられると、言い募っていたのは自分たちの都合ばかりであることを反発者も認めざるを得なかったのです。
A社のこうした変革に異を唱え、辞めていった人もいます。しかし、それは少数派であったようです。
A社が今回、多大な犠牲を払って断行したのは、機能別から商品別への組織改編です。 「顧客のため」になるとの判断からです。
それは簡単ではありません。可能となった理由は、トップの絶対的なサポートと全社員が現実を直視する覚悟によってです。
これはあくまでA社の事例ですが、会社の大小、変革の対象にかかわらず、何かを変えようとするなら共通します。今の組織が最適かを常に疑うことに進化の機縁があるのではないでしょうか。