社員の成長なくして、会社の成長はあり得ません。「人が企業の最も大きな財産」と言われる所以はここにあると思います。
社員の成長は一朝一夕にはいきません。それを成し遂げるため、上司はいろいろと苦労しているわけです。
A社は社内研修の開発から実施まで一連の流れを一貫して請け負う会社です。これまでは顧客ごとにニーズの把握を徹底し、各社に最適の研修を提供してきました。
この姿勢が評価され、また効果も上がっていたため、着実に売上を伸ばしてきたようです。しかし、事後のアンケート調査によると、「もっと一般化されたものでいいから、料金の安い研修コースも用意してほしい」との声が最近多くなってきたのです。
そこでA社では、研修テーマをパターン化して、会社ごとに微調整するやり方を検討することにしたのです。これまでのものが顧客の体に寸分の狂いもない一着ごとのオーダーメイドだとしたら、これはパターンオーダーと言えるものです。
この研修の開発のプロジェクトリーダーにBさんが抜擢されました。
その指示を受けたBさんは正直戸惑ってしまったそうです。期待されるのは率直に嬉しかったのですが、果たして自分にその大役が果たせるだろうかと、同時に不安が込み上げてきたのです。
実際の反応も、果たしてその通りでした。それでもA社長はこの仕事をBさんに任せようと決めていたそうです。なぜなら、いまのBさんにはこの仕事が必要だからということに他なりません。
Bさんの仕事ぶりは最初こそ危なっかしいものだったようです。しかし、日が経つにつれて、その姿は安心して見ていられるものに変わっていきました。
個々のスタッフの適性を把握し、適材適所に仕事を割り振っています。チームの連絡も行き届いているようですし、プロジェクトのミッションをみんなが十分に共有していることが傍からも分かります。
「背伸びが必要な仕事」に自分の身の丈が追いついてきたということなのでしょう。
そうして、3カ月の月日を費やして完成したプログラムはA社長の満足のいくものでした。そして、A社長にとっては、それ以上にBさんの成長ぶりが満足のいくものだったといいます。
A社長はこれまで、自身も「自分の身の丈を超えた仕事」に何度も直面してきました。
資金面でも、顧客からの要求の高さでも、はるかに自分のキャパシティを超えていると思われる場面が何度もあったそうです。
今度ばかりは無理か、と一瞬は思うのですが、そのたびに必死に立ち向かったのです。すると、何とかなるものです。そして、何とかなってみると、自分が一回り大きくなっていることを実感するのです。
A社長は、どこまでも成長は自分でするものだと考えています。周りの者ができるのは、その環境やきっかけを与えてあげることだけだそうです。だからそうした環境やきっかけを与えることも、経営者の仕事だと考えているのです。
「自分の殻を破る」経験を早いうちに一度済ませている人も少なくないはずです。一方で、そうした経験をしないまま社会人になっている人も存在することは間違いありません。いわゆる「ゆとり世代」では、そうした傾向が強いのかもしれません。
ですから、A社長が言う「部下が育つ環境ときっかけを作るのも経営者の仕事」というのも、かってよりも比重が高くなっていると考えることもできます。
そして、「自分の殻を破る」というのは、一度きりの行為ではないことに留意しなければなりません。
A社長が何度もそうした場面に遭遇し、そのたびに乗り越え、成長を遂げてきたように、幾度となくそうした環境は訪れるものです。
しかし経営者の立場から部下の成長を願うならば、環境が訪れるのを待つだけでなく、環境やきっかけをあえて作ることも考えるべきでしょう。
その具体的なやり方というのが、A社長が実践した背伸びが必要な仕事で部下を追い込むということなのだと思います。
なぜ背伸びが必要なのかと言えば、背伸びしなくてもいい場所というのは、その人にとってのいわば「ぬるま湯」です。
ここを抜け出ることで成長があります。ただ、最も大事なのは、自分の殻は自分でしか破れないことです。だから経営者の仕事とは、環境ときっかけを与えることなのです。