すべての企業活動は、人間の行動によって成り立っています。企業活動が好ましいものになろうと、そうでなかろうと、それらは人間の活動の結果ということができます。であれば、もし問題行動が起こったとき、どうしてそんな行動が取られたのか、その原因を知ることは極めて重要です。
原因を知らずして行動を矯めることはできないからです。
言うまでもなく、企業とは人の集まりです。そして、人の行動の集積が企業活動です。行動の結果として黒字になったり、赤字になったりします。あるいは、活気に満ちた会社もあれば、雰囲気がどんよりと淀んだ会社もありますが、それも人の行動の結果です。 であれば、それぞれどんな理由によってそうした行動を取っているかを知ることが重要です。その理由を知るための一手段として行動分析という手法があります。
A社とB社の合併(合併後B社)はちょっと珍しいケースです。
A社とB社の経営者が親子だったからです。
A社の経営者が父親で、その事業内容は不動産の売買・賃貸の仲介および物件管理です。B社を息子が経営していて、いわゆるIT関連、システム開発とメンテナンスが業務です。
両社の合併は、Aさんが体調を崩したことを機に持ち上がった話ではありますが、A社がIT技術を利用した他社に押されていた時期であったことも、合併を促進させた理由の一つのようです。
A社にとってはITの導入というメリットがあり、B社には市場の拡大と定期収入の確保というメリットがあったわけです。
とは言っても、不安要素がないわけではありませんでした。まず承知の上とはいえ、業種がまったく違います。両社を構成する社員の年齢層にも開きがありました。
さらに、社員数ではA社の10名に対して、B社は30名を超えています。A社に長年勤めた社員が、自分の居場所があるのだろうかと不安になっても不思議ではありません。
B社の人たちにも少なからず警戒感がありました。
そうしたことを、合併会社の社長となる息子、B社長は十分に心得ていたようです。
そもそもB社長はA社を継ぐことを期待されていました。
しかし、息子だからといって親の会社を継ぐことを潔しとせず、15年前に自分で会社を立ち上げた経緯があります。
ですから、40代半ばとは言え、経営者としての勉強も必死でやってきましたし、様々な経験も積み重ねてきた経営者です。
これまでの経験から、まずは全社的な顔合わせが大事であるということをB社長は確信していたそうです。
旧A社とB社の全社員が集まっての初めてのミーティングには、どこか不安げな顔が目立ちました。これから自分がどうなるかはっきりしていないのですから当然でしょう。
B社長は彼らに、組織は基本的にこれまで通りであるし、リストラもしない。安心して働いてほしいと最初に宣言しました。そこからです。ふいに旧A社員の一人に語りかけました。
「私がこんな風に言っていますが、あなたはこれからB社がどうなると思いますか」
彼は面食らいながらも、「社長がおっしゃるようにこれまで通り働けると思います」と言葉を絞り出しました。
これに対してB社長はニコッと笑って、「そうですね。私もそうなることを望んでいます」と返しました。社員が居並ぶ中をB社長は歩き始めました。
そして、また語りかけます。「あなたはどう変わると思いますか」
「どう変わるかは分かりませんが、協力してやっていければと思っています」
なるほどと頷き、「そのための合併ですもんね」と返します。その後も質問は続き、「良い方向に進むと思う」「もっと勉強していく」といった答えが返ってきます。
それらすべてに対して、B社長は頷きや笑みをもって、一つひとつ言葉を投げ返していきました。そうするうちに最初の緊張は徐々に解けていったようで、社員の表情は和らいでいきました。
そんな中、旧A社の古参社員から「変わらないのは意味がない。せっかく一緒になったんだから、お互いの良いところを目一杯引き出すように変わっていくべきだと思う」との発言がありました。
雰囲気は一瞬硬くなりましたが、B社長は破顔一笑、「実は私もそう思っているんです」と握手を求めたのです。
初日のミーティングが功を奏したのでしょう。B社長はおもしろそうだとの印象が彼を知らない社員の間に広がっていったようです。
B社長は翌日から各部署を回り、各人がどんな仕事をしているのか言葉を掛けながら確かめていったそうです。すると2週間ほど経ったある日、不動産管理部の責任者から不動産営業部について言及があったのです。
彼によると、営業部長は厳しい上司だとのことです。B社長もその印象は受けていました。問題は管理部長が彼らと飲むと、営業部長についての不満が漏れ聞こえてくるということでした。
B社長が本格的に調べてみると、まず目についたのは労働時間の長さでした。部長はもちろん、部員も3時間、4時間と残業しており、誰も定時には帰りません。
部員に内実を訊いてみると、徐々に本音が漏れてきます。用事があって早く帰ろうとすると、部長に睨まれて嫌味を言われたという経験が多く聞かれました。
必要もないのに残業しているわけですから、何をしているのかと訊いてみると、業務に関する改善策を立案しているとの答え。それらが採用されたことがないのも不満の種のようでした。
後日、B社長と営業部長が話す機会がありました。B社長と営業部員が面談を重ねているという噂を聞きつけて、様子を探りに来たと思われます。
「うちの部員はどんなことを言っていましたか」
「生産的な意見がかなり多かったですね。彼らもより良い仕事をしようと考えていることがよく分かりましたよ」
「そうですか。こう言ってはなんですけど、意外ですね。普段はやる気があるように見えないのに」
B社長はやる気という言葉に反応して逆に質問してみました。
「やる気がないというのはどんなところに感じられます」
「いや、それは早く帰ろうとしますし、会社にばかり都合が良くて却ってお客様の利益を損ないかねない改善案ばかりですし」
「B部長から見て不十分なレベルであるということですね」
「まあ、そういうことですね」
「でもそれは、本当の原因に近づいていないと思いますよ。働きに満足いかない、それはやる気がないからだ。じゃあ、やる気がないと判断した材料は」
考え込んでいる部長に質問を重ねます。
「では、今日部長はどうして私に話しかけてくれたんですか」
B社長は知っていました。初日の挨拶で話した一人が部長で、その時のB社長の反応が部長にとって「好子(行動を増やす刺激)」となって、話すという行動が「強化(行動増)」されたのを。
そのことを明かした上で、部長の睨みや否定が部下にとっては「嫌子(行動を減らす刺激)」になっており、新たな行動を起こすことを「弱化(行動減)」し、それが部長にはやる気がないと映ることを説明しました。
聞き慣れない言葉に戸惑った部長ですが、部下の帰り支度に対して睨むという行動を取る理由に思い当たることがありました。
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【注】
「好子」:ある行動をした直後に起こる良い刺激や出来事
「嫌子」:ある行動をした直後に起こる嫌な刺激や出来事
「強化」:行動の回数や強度が増えること。または増やす操作
「弱化」:行動の回数や強度が減ること。または減らす操作
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部長にとっては部下の帰り支度が嫌子(行動を減らす刺激)です。それに対して睨んだり嫌味を言ったりという行動を取ると、部下は帰るのをやめます。睨めば嫌子(行動を減らす刺激)が消失しますからその行動は強化(行動増)されます。
大事なことは、営業部の活気を取り戻すことで、そのためにはそうなった本当の原因を知る必要があります。B社の場合、嫌子ばかりが働いていて部が一体となるような行動が強化されていないことが問題の一つです。
人の性格を変えることは難しいことでしょう。しかし、その行動を取る原因を知れば、「人の行動」は変えられます。
その際、好ましい方向に変わってほしいのはもちろんです。好子(行動を増やす刺激)を用いて強化することは今日からでも始められます。