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赤坂の社労士事務所

福岡市中央区赤坂の社労士事務所「赤坂経営労務事務所」の
COLUMNです。
労働・社会保険の諸手続や助成金活用、給与計算、就業規則の
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社会保険労務士法人赤坂経営労務事務所
代表社員 大澤 彰

「職場のいじめ」従業員同士の問題と思っていませんか

人事・労務

   厚生労働省が発表した「令和元年度個別労働紛争解決制度の施行状況」によると、民事上の個別労働紛争相談の中で最も多いのは「いじめ・嫌がらせ」で8万7570件。相談件数の推移を見ると、職場における「いじめ・嫌がらせ」が顕著に増えています。
 増え続けている職場いじめの事例を取り上げながら、それが会社にどれだけ有形無形の損害を与えるかを見ていきたいと思います。

 1年で唯一盛り上がるのが夏祭りという町にふさわしく、A社の社風もどこかのんびりとしたものでした。
 なかでも総務部は、通勤が自転車で20分以内の地元の主婦層を中心に20代の未婚女性がちらほらという職場でしたから、昼休みともなれば町内会の集会所のような状態でした。
 この部署の唯一の男性社員である総務部長は、その賑やかさにどうにも圧倒され気味で、3日に一度は近くの食堂に避難していたくらいです。

 総務部の仕事の中心は備品の手配や社内環境の整備ではありましたが、そこは小さい会社ですので、日々のお金の出し入れ管理や営業補助も兼務していたそうです。
 ですから、総務部は社内のいろんな情報が集まるところでもありましたし、部署内においてはプライベートも明け透けで、誰が給料をいくらもらっているかまで、ほとんど全員が知るところでした。
 しかし、それが争いの原因になることはなかったようです。給料はおおよそ勤続年数に比例していましたから、それはそれで全員が納得できるものだったからです。
 ところが、総務部の秩序は一人の人物の出現によって破られることになりました。いや、もしかしたらそれは秩序が維持された結果だったのかも知れません。

 その人物がBさんです。この町には大手の食品メーカーが設置している地方工場がありますが、その工場長として赴任することになった夫と一緒に家族で引っ越してきたのがBさんです。
 中学生の子供が二人いましたが、手もかからなくなってきたことだし、Bさんは久しぶりに働きたいという気になっていました。
 夫に相談したところ、友達もいない所に引っ越して来て、昼間誰もいない家にいても退屈だろうから、と快く賛成してくれたのです。

 早速、Bさんは就職活動を始めます。面接を経て採用。配属されたのがA社の総務部だったのです。地元の人以外が入社してくるというので、総務部の女性たちは興味津々ですが、Bさんも久々の会社勤めということで化粧もちょっと念入りです。
 元々、Bさんはパソコンが得意だったそうです。結婚前の職場ではかなり高度なことまでこなしていましたし、家庭に入ってからも家計をエクセルで管理するなど、総務部の社員にはないスキルをもっていました。
 ですから、初日からバリバリ仕事をしました。書類ひとつ作るにも、「こうすれば便利ですよ」と先輩にアドバイスしたりと、総務全体に「なかなかできる人」という印象を与えたのでした。

 Bさんのスキルの高さはやがて営業部員の知るところとなっていきました。実際、営業補助業務をBさんがやってくれると、これまでよりはるかに段取りが良かったのです。
 ですから、営業部員が何かとBさんを頼るようになったのは自然の成り行きでした。
 しかし、これまで営業社員を支えてきたという自負がある女性社員には疎ましく感じられ、彼女たちにとってBさんは目障りな存在になりつつあったのです。

 決定的だったのは、Bさんの給料額を総務部の一人がどこからか聞きつけてきたことでした。新入社員にも拘らず、それは総務部の中堅社員と同水準の額でした。
 会社としてはBさんが大卒であることや、各種パソコン資格をもっていることを考慮した額でしたが、他の総務部社員にとってはそんなことは関係ありません。ただの新入社員です。
 この日を境に、周囲に華やかな印象を与えていたBさんの化粧は「ケバイ」と言われるようになり、「できる人」だったはずが「生意気な奴」として認識されるようになったのでした。

 以来、Bさんが入室してくると、賑やかだった会話が突然に止むという現象が起こり始めました。挨拶をしても返ってきません。
ただ、まだ仕事には支障がありませんでしたから、Bさんは事を荒立てることはしなかったのです。
 しかし、仕事の進め方を相談しても「できるんだから一人でやって」と突き放され、営業部員からの伝言が意図的に伝わらなくなると、Bさんも事態を深刻に受け止めざるを得ませんでした。

 そしてある日、Bさんが出勤してパソコンを立ち上げると、一日かけて作成した資料がなくなっていました。どうやら誰かが削除したようです。
 机の上には山積みの書類、追い打ちをかけるように「Bさーん、急ぎだから午前中に仕上げてね」の声が嬉しそうに響きます。
 うつむいたまま体を震わせるBさんの様子を面白そうに眺めながら、周囲から冷たい笑いが起きたのでした。

Bさんはついに、総務部長に相談しました。しかし「田舎の人間関係は都会から来た人には大変だろうけど、最初だけだから」と、状況をきちんと理解しているとは思えない対応です。
 食い下がって状況を細かく説明してみると、言葉を濁したまま行きつけの食堂に姿を消してしまいました。入社してまだ半年余りのBさんに、これ以上相談する相手は社内にいませんでした。

   それでもBさんは、出勤を続けました。いじめに屈する気にはどうしてもなれなかったからです。しかし、夕食時に一言もしゃべらない母を見て、子供たちも心配するようになっていました。
 結局、労働基準監督署に赴いたのは夫でした。まずは話し合いでの解決を勧められましたが、事態はすでに当人同士では片付かないと判断した夫は、すぐに労働審判手続きの申し立てをすることにしました。
 ちなみに、A社の経営者はここに至って、初めて事情を報告されたようです。
 こうした判決を得て、原告が今後、会社に対して損害賠償を請求し、またそれが認められる可能性は高いと思われます。つまり、会社としては金銭的な損失は避けられないということです。

 経営側が考慮すべきこういった「訴訟リスク」は、今後ますます大きくなることでしょう。
 会社名が出ると世間でのイメージが悪くなることは免れないところでしょう。
 学生が就職先として敬遠したり、社内の士気が落ちたり、会社に見切りをつけて転職する人材が現れたりしないとは言えません。そうなると、もはや会社としての損失は金銭では計れないところまで行ってしまいます。職場いじめを放置することは会社にとって大きなリスクなのです。
 これからの時代、経営者はこれまで以上に職場の隅々にまで目配りをする必要があるようです。           

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