従業員の賃金は、15年から20年前くらいまでは、業界の平均水準に従って、従業員の年齢に若干の業績や貢献度を加味して決めればよいものでした。
その意味では、非常に分かりやすいものだったわけです。
その背景には終身雇用制度があり、誰もが長期の期間の中で、自分の賃金や生活プランを考えるのが当たり前と言う社会情勢があったからだと思います。
しかし、終身雇用と同じくらい「転職」が当たり前になり、外国人労働者やフリーター、あるいは専門業のアウトソーシングなどが大きなウエートを占めるようになってきて、私たちの社会的背景も大きく変化しました。
世間水準ではなく自社の体力や事情に従って賃金を決める必要性が非常に大きくなってきているのです。
しかし、自社の体力や事情で賃金を決めると言っても、実際には何をどう実施して行けばよいのでしょうか。
最近、自社独自の賃金制度に取り組まれたA社の社長はうんざりした表情を浮かべておられました。それは、制度を学ぼうとすればする程、「業績主義」とか「実力主義」とか、あるいは「年俸制度」とか「コンピテンシー人事」とか、色々あるけれど、どれもこれもややこしくてピンと来ない。賃金はもっとシンプルに、スカッと決めなければいけないのではないか。
確かに賃金制度には色々な考え方や設計手法があり、それが最近どんどん複雑化する傾向を見せています。それでも適切に運用できる制度を導入することは可能なのでしょうか。
賃金制度は年々複雑化し、専門化しているように見えることが少なくありません。しかし実際に複雑化しているのは、制度ではなく企業組織や人材の方でしょう。
組織構成員の役割自体が複雑化し、人材の価値観が多様化するから、納得性のある制度を作るのが難しくなるのです。
従って、賃金制度を作る場合には、難しいテーマを更に難しくするのではなく、できるだけシンプルな原則に立ち返って考え方を整理することから始める必要があるのです。そうしなければ、たとえ制度は導入できても、実際の運用で行き詰まってしまうでしょう。
そこで原則に戻ってみると、賃金制度とは、組織員が力を合わせて獲得した収入を組織員に分配する仕組みのことだと分かります。
そしてそのため、必然的に、
①支払い総額が企業として妥当な範囲内でなければならない
②その分配が適正でなければならない
という原則を必要とします。
もちろん賃金は支払い総額の妥当性と、分配の適切さだけで成り立つべきものではありません。なぜなら賃金は人材のモチベーションにとって最も大切な要素でもあるからです。
こう考えると、従来の終身雇用・年功序列型の賃金制度は①賞与で賃金支払い総額のバランスをとった、②年齢あるいは年功という「納得基準」を明確にした、③長く勤めれば収入が増えるという仕組みで動機付けをしたという、優れた制度であることが分かるのです。
ですから従来の制度は、制度として問題を生じたのではなく、
①事業複雑化で年功者が必ずしも貢献者とは限らなくなった
②長期的な希望がモチベーションにつながらなくなった
という、まさにビジネス環境の変化によって時代遅れになっただけだと考えるべきかもしれません。
そのため、従来の制度を批判して新しい制度を構築するのではなく、現在の経営環境に適した方法で賃金を決めるのだ、という柔軟な認識こそが大切になります。
■賃金の総額調整弁をどう作るか
■どんな形で、賃金総額を個々の人材に配分するか
■その賃金配分を、どう動機付けにつなげるか
という「現実論」から、その方法のイメージ作りを検討することから着手すべきなのでしょう。