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赤坂の社労士事務所

福岡市中央区赤坂の社労士事務所「赤坂経営労務事務所」の
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社会保険労務士法人赤坂経営労務事務所
代表社員 大澤 彰

経営者の「説明責任」

経営

 数ある経営資源のなかでも、最も重要なものとして従業員の存在を挙げ、「社員は大切」「人材は宝」といった言葉を口にする経営者は少なくありません。
 では実際、経営者の従業員に対する思いは、どれほど従業員に伝わっているのでしょうか。

 大学進学を目指す高校生のためのY学習塾を、その豊富な家庭教師のアルバイト経験を生かし、大学4年生のときにA社長は立ち上げました。
 大学の同級生数人を講師としてスタートした塾でしたが、教育費に余裕がある時代だったこともあり、生徒数は見る見る増えていったといいます。
 しかし、この状況がいつまでも続くことはなく、景気の悪化ともに生徒数は減少を始め、業績は落ち込んでいったそうです。
 新しい生徒の獲得が難しくなると同時に、自塾の生徒が他塾へと移っていく状況にまで至り、いよいよ経営が厳しくなってきました。
 悪いことは重なるものです。さらにA社長の気を滅入らせる出来事が起きました。生徒の母親からクレームが入ったのです。
 どうやら、成績の上がらない息子を母親が責めたところ、息子は「Y学習塾の授業は教科書をなぞるだけでやる気が出ない」と口にしたようです。
 もし母親のクレームが真実ならば、生徒が減るのも当然に思えたからです。早急に現状を自らの目で確認する必要がありました。

 Y学習塾の場合、授業の進め方には講師にかなりの裁量が認められています。そのほうが教えがいがあると家庭教師の経験からA社長は知っていたからです。
 実際、A社長は現場を視察してみて、多くの講師が自作のプリントを用意し、適宜小テストを行うなど、創意工夫を凝らして授業に臨んでいることを確認できました。しかし、
裁量が悪く出ているケースも見受けられました。あの母親のクレーム通りの授業であり、一部の講師からは熱意がまったく感じられなかったのです。
 A社長は「生徒離れの一因は授業の質のばらつきにある」と確信したそうです。と同時に、ばらつきをなくすために「授業マニュアル」導入の必要性を強く感じたといいます。

 A社長は早速、他社の情報を集めてみました。すると、小規模の塾、大手予備校もそれぞれに他にはない指導法を売りにしていることが分かります。
 特にある予備校では、父兄とのコミュニケーションを密にすることで、結果的に他塾への流出を阻止する仕組みを構築していました。父兄を敵に回してしまった自分たちとの違いをまざまざと見せつけられたといいます。
 A社長はマニュアルの作成とともに、こうした工夫も必要であると実感したそうです。
 管理体制の導入によって、A社長の目論見では講師のレベルが均質化し、生徒離れに歯止めがかかるはずでした。しかしながら、結果はまったくの当て外れだったそうです。
 一体、何が悪かったのでしょうか。一人で考えていても何も分かりませんから、マニュアルを含めた新たな体制についての意見も含め、A社長は疑問を講師陣に直接ぶつけてみました。
 一人ひとりと時間をかけて話すうちに彼らの本音が見えてきました。要するに、講師のほとんどがやる気を落としていたのです。特に熱心な講師ほどその度合いは甚だしかったようです。

 彼らの話を聞くと、生徒が減っているのはもちろん気づいていたし、だから自分たちなりに授業を充実させようとがんばっているところへマニュアルが配られ、チェックシートが導入され、まるで監視されているように感じた、と。
 結果、講師独自の持ち味、ノウハウを生かす余地はなくなり、彼らはやる気を失っていったというわけです。A社長の意図は授業レベルの底上げにあったのですが、そのメッセージは講師には「私はあなたたちを信用していない」と、まったく別の形で受け取られてしまっていたのです。

 こうした事態を受けて、A社長はすぐさま全講師を集め、今回の諸制度導入の背景を改めて説明しました。自社の経営状態や例の母親からのクレームを含めてです。
 会議をきっかけに実行に移された改善案は、数多くあります。個別指導の充実、志望校を意識させた動機付け、また、一度失敗した後で講師の裁量権が復活したのも、結果的にプラスに働いたのかも知れません。講師陣は以前にもまして創意工夫を凝らすようになり、横の連絡も密になったようです。

 講師の熱に引っ張られるようにして、生徒の学力も目に見えて上がっていきました。A社長はこうした成果を喜びつつも、従業員とのコミュニケーション不足の恐ろしさを心に刻んだといいます。
 経営者の意図が伝わらず、疑念や反発といったネガティブな思いを従業員が抱えてしまえば、かえって回り道となるばかりか、期待される成果に至れない確率は高まるでしょう。
 
この場合のコミュニケーションは、経営者の「説明責任」と言っていいものです。従業員に対して、必要ならば社長自らが先頭に立ち、自社の現状と方針について、数字などを使って具体的に説明する行為こそ、「社員を大切に」「人材こそ宝」といった言葉に実体を与えてくれるのではないでしょうか。

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