「根回し」というと、何やら陰湿なイメージが付きまといますが、不当に悪者扱いされているようにも感じます。
確かに、「根回し」なる言葉には、後ろ暗いイメージが付きまといます。
しかし、根回しとは、「関係者に意図や事情などを説明し、ある程度まで事前に了解を得ておくこと」です。
問題は、その根回しがどのように行われたかだと思います。
A社は機械メーカーで、顧客からのカスタマイズ依頼に細かく応えることで、関係を深化させ、顧客が現在の商品・サービスから他社に乗り換える際に負担するコストを高め、長期的な取引を成立させてきたのです。
しかし最近では、同じ戦略を採用する同業他社も増えはじめ、そのために既存顧客が離れたり、大幅な値下げ要求を呑まざるを得ない事態が増えています。
A社経営陣の危機感は相当なもので、彼らの間ではより詳細な顧客動向を把握することが経営上急務であるとの認識で一致していました。
そうした状況下、新たに営業課の長に就いたのがBさんでした。この時期に新たに営業課のひとつの長を任されたわけですから、会社が自分に営業のテコ入れを期待していることは、明らかでした。
B課長は張り切っていました。就任早々、上司である営業部長に対して、KPI(重要業績評価指標)の採用を具申したのです。
A社の現状、そして顧客動向をより精確に把握したいという経営幹部の要請とも合致します。そうした説明を部長にしてみると、感触は決して悪いものではありませんでした。
そうして素案が完成したのは、提案から1カ月後のことでした。部長はその出来に満足し、速やかに営業全体のミーティングが招集される運びとなりました。
B課長は、この提案によって会社が変われるとの思いに、これまでの自身の頑張りをないまぜにしながら、期待を膨らませて会議室に向かったそうです。
ところが、会議はB課長が予期する展開ではありませんでした。各営業課員から反対意見が続出したのです。
結局、会議は、営業部長により、B課長の提案するKPI導入を、「今後の検討課題」とすることに決定したといいます。つまりは、棚上げということです。
B課長はこの結果に、「なんでだ」という気持ちだったといいます。
というのも、B課長にしたら、今回の提案は一心に会社の業績を上向かせるためのものであって、どこにも反対する余地のない提案だったわけです。
いわば、正論中の正論です。それにも拘わらず、反対意見が続出したという事態に、B課長は会議直後、「何で分かってくれないのかが分からない」という心情に陥っていたのです。
そこへ営業部長が、「B課長、調整が不十分だったようだね」と声を掛けてきたそうです。
「B課長の提案はいいと思う。しかし現場がその気になって動いてくれなければ絵に描いた餅だよ。そのことを考えてもう一度周囲を巻き込んで調整してみたら」との言葉を残して部長は立ち去って行きました。
「周囲を巻き込んで」とのフレーズが心に残りました。振り返ってみれば、一人で戦っていた自分の姿が浮かんできます。
まさに孤軍奮闘、その結果が今日の会議の集中砲火だったというわけです。
自分では十分に調整しているつもりでも、その大部分はシステム部との打ち合わせに費やされ、いかに自分が想定したスケジュール通りに進めるかに偏っていたことに気づいたのです。
その甲斐あってか、以前より理解を示し、味方になってくれる人が多くなってきたとB課長は実感しているそうです。
組織において、何か新しいことを始めようとするとき、最初から全面的に賛成ということは、まずありません。それがどんなに素晴らしく、成功の見込みが高い提案だったとしても、必ず反対意見があるものです。
それは、その提案によって変化を強いられる人が必ず存在するからです。何かを失う恐れがある場合は、反対派の態度はなおさら強硬になります。
根回しというと、後ろ暗いイメージが付きまといますが、根回しとは、実はコミュニケーションのことです。それを「健全に」しなければ、動くものも動きません。
「健全な根回し」の目的は信頼関係の構築です。それがあって初めて、動かなかったものが動き始めるのです。