後継者不在を理由とする中小企業の廃業が増加しています。中小企業は雇用の大きな受け皿であり、中小企業の廃業は雇用の場の喪失を意味します。M&Aによる事業承継は、そうした問題に対する最良の解決策の一つです。
さて、企業は人で支えられていますが、とりわけ経営のシステム化が遅れている中小企業においては、属人的な要素に支えられている部分が多くを占めます。M&Aにあたっては、対象企業を深く理解することが欠かせませんが、中小企業に関しては、人的資源を相当綿密に見ていかないことには、企業の実態を把握することはできません。
加えて、昨今は労務トラブルが頻発している社会環境もあり、労務管理面におけるコンプライアンスの面からのデューデリジェンスが欠かせません。
つまり中小企業を対象としたM&Aにおいては、その実態に則した人事労務デューデリジェンスを適切に行うことが欠かせないのです。なお、M&Aの実行後つまり経営統合後には、一刻の猶予もなく現実のマネジメントが始まります。
それをスムーズに行うためには、経営統合後の人事労務マネジメントを展望した検討も行っていく必要があります。人事労務デユーデリジェンスは、単にリスクを把握するためのものではなく、経営統合後のマネジメントプランを準備するためのものでもあります。
人事労務デューデリジェンスについては、未払い残業代や未払い労働保険料・社会保険料などの労働債務の把握や、労働基準法、労働安全衛生法などの労働法違反に係る法的リスク、労使紛争に係る民事的なリスクの把握の方法などが代表的なものですが、それだけでなく、人的資源の様々な角度からの把握が欠かせません。
中小企業の事業承継が適切に行われ、雇用の場が確保されていくためには、M&Aを円滑に進めるための人事労務面からのアプローチが不可欠です。
近年のM&Aは、中小企業による「スモールM&A」と呼ばれるものが多くなっています。
その最大の理由は、経営者の高齢化とそれに伴う後継者難、そしてM&Aに対する経営者の意識変化などによります。
また、中小企業を取り巻く経営環境の変化、昨年からの新型コロナによる影響も大きな要因になっています。
事業承継を希望している中小企業のうち、後継者が決まっている企業の割合は半分に満たず、もし、成り行きにまかせていれば、早晩日本の中小企業は半分以下になってしまうおそれすらあります。
企業の倒産・廃業をマクロ的にみれば、存在意義をなくした企業が市場から退出し、新たな企業群がそれに取って代わることで産業構造の転換が進むというプラスの側面があります。しかし後継者難は「残るべき良い企業」までも消滅させてしまうものであり、そのダメージのほどは計り知れません。
後継者難による廃業を救うことができる数少ない手法の一つが、「M&Aによる事業承継」です。M&Aによる事業承継の優れたところは、市場価値を持つ「残るべき良い企業」がM&Aの対象となって残るということです。
M&Aによる経営統合が成功するか否かは、「人の問題」に大きく影響を受けることになります。
そもそも企業活動とは、突き詰めれば、経営者や社員の行動の総合計です。
販売活動や採用活動など人の行動がそのまま企業活動となるものや、意思決定の結果がしくみとして残り、それが後々まで機能していくものもあります。対外的な活動もあれば、企業内部に向けた活動もありますが、いずれの企業活動も、人の行動に還元することができます。したがって、どのような企業でも、人材をどうマネジメントしていくかは、経営そのものであるといっても過言ではありません。
高度成長期にあっては、製造や販売戦略に注力していれば、経済の成長とともに企業も大きくなっていくことができました。しかし、サービス経済化の進む現在は、かってのように平均的な労働生産性を前提として、人数に比例した付加価値を生み出すことのできる経済構造にはなく、付加価値を生み出す程度は、人によって大きな差が生じます。そのため、いっそう人事労務マネジメントの重要性が増してきています。
近年、労務トラブルが増加してきています。
かってはあまり見られなかった退職者からの未払い残業代請求も一般化しつつあります。これをサポートする残業代請求支援サービスや、インターネットでの残業代請求マニュアルの販売などもあります。
従業員は、在職中は会社に請求を起こす行動を取りにくいですが、退職後となると話は別です。最近では家族が後押しして、行動に出るケースも出てきています。未払い残業代は、企業の大きな潜在的労働債務で、その請求は会社に様々なダメージを与えることになります。
労働関連の法制度の改正も活発に行われています。
これら労働関連法の改正は、企業の労務管理のあり方に大きく影響し、企業はこうした制度改正に対応するために、人事労務マネジメントのあり方をは変えていかなければなりません。このような面からも、人事労務マネジメントの困難性は年々増していると考えられます。
改革は、原則的にはスピード感をもって行う必要があります。「M&A後にすぐにはあれこれ変えないほうがよい」とする考え方も存在します。
確かに給与体系の変更などは一定の準備期間、アナウンス期間が必要ですが、それは「やむを得ず」時間をかけて行うものです。改革には好機があり、経営統合直後はまさにそのタイミングであるといえます。
そのタイミングを逃すと変えることが難しくなることも多いのです。
M&A対象企業の事前の研究やデューデリジェンスを行う中で、M&A後の人事労務マネジメントのあり方について展望し、あらかじめ構想を練っておくことが必要です。
なお、最近ニーズが高まっている労務監査や労務診断などについては、M&Aの人事労務マネジメントと共通のスキルが使える分野です。
人事労務マネジメントは、大企業よりもむしろ中小企業のほうが難しい面があります。
大企業の人事労務マネジメントは、多かれ少なかれ制度で動いている面がありますが、中小企業においては一般的に制度が未成熟なため、個人に依存する側面がより強く表れるからです。
中小企業が属人的な要素に依存していることは、もちろん将来に向けての改善テーマではありますが、大企業にはない強みや伸びしろを内在しているとみることもできます。
戦略が明確になり、組織の方向性と人材のポテンシャルが一致したときに従来以上のパワーが発揮される可能性があります。むしろ組織に守られていない中で育った中小企業の人材のほうが、足腰が強く、厳しい環境の中で伸びていくことがあります。中小企業の成長の可能性は実に大きいのです。
今後、M&Aを含めた企業再編・淘汰の中で、戦略と組織を一致させ、かつ人材力を向上させることで、企業の活力が劇的に向上する可能性があります。
労務監査
業種・規模にかかわらず、より正しい労務管理を行うことで、社内の労働生産性を高め、企業の業績を向上させることが労務監査の目的です。
労働条件監査
労働関係諸法令で定められている帳票が備え付けられているか、その帳票は法定で求められる項目が記載されているかを監査します。
潜在債務監査
管理監督者ではないにもかかわらず、管理監督者として時間外労働や休日労働の割増賃金を支払っていない(名ばかり管理職)や、時間外勤務の管理が不適切な運用をされており、未払賃金が存在している、退職金規定通りの退職金の積み立てが行われていないなど、潜在的な債務の有無を監査します。
労働生産性監査
労働力人口が減少傾向にある日本では、労働力の有効活用の要否がますます問われる時代になりつつあります。労働生産性監査では、労務諸票などの指標を用いて労働生産性を監査します。
従業員満足度調査
従業員が安心して働ける環境を築くことは、従業員のモチベーションが維持されることで企業の生産性も良好になることはもちろんのこと、従業員の離職防止や、ハラスメントなどの労務トラブルの低下などにもつながります。会社に対する意識や職場の環境、上司との関係など様々な側面のうち、どのような点について従業員が課題や不満を有しているのかを確認していきます。