人事評価は、それをする側もそれをされる側も、なかなか大変です。評価する側は気楽かと思われがちですが、本当に正しい評価ができているか悩むものです。
評価される側がその場でどんな評価が下されるか考えるだけで落ち着かない日々を過ごすのは想像できるはずです。どちらも大変な思いをして評価が下されたとしても、お互いに十分に納得できる場合はむしろ稀です。
どうしたら人事評価という悩ましい仕事において、精度を高めることができるかを考えました。
経営者は社員に対して給料を払います。給料は社員の働きの対価です。ただ、その給料の額はどうやって決められているのでしょうか。
社員の働きへの対価はお金だけではありません。さらに、ポストも会社が社員の働きに報いる行動です。ただ、そのポストは何をもって決定されたのでしょうか。
それが曖昧なままになっている企業が、実は少なくありません。それは人事評価に対して、評価する側も、評価される側も満足していない現状をみれば明らかです。
他人を評価するという仕事は、誰にとっても悩ましいものであるのではないでしょうか。つまり、人事評価のことです。
プライベートの場で他人の噂話に花を咲かせるのはよくあることです。時にそれは悪口にもなってしまう場合もありますが、それも一種の他人に対しての評価です。
しかし、人事評価はそれとはまったく違います。何しろ、評価次第で評価される人の将来に大きな影響を及ぼし、その向こう側には彼らの家族の顔もちらつきます。
ですから、人事評価はできるだけ正当に、客観的であることが求められますが、もしかしたら相手は不満かもしれませんし、それで自分が悪く思われるのも嫌なものです。
そういった悩ましい状況に、まさにBさんはありました。
A社は国内外の日用品、雑貨を幅広く扱う小売店です。
A社長のセンスの良さと、独自の品揃えが評価され、今では3店舗を擁するまでに拡大しています。
Bさんはそれらすべての店舗を統括するマネージャーの立場にあります。
Bさんの業務は多岐にわたります。
店舗ごと商品展開の企画とレイアウト、それに合わせた購買計画と予算作成は中心的な仕事と言っていいでしょう。
また、統括マネージャーという仕事柄、定期的に各店舗を巡り、うまく回っているかにも目を光らせます。気づいたことがあれば適宜アドバイスを与えます。
そうした仕事を統合して、部下の人事評価をすることもBさんに求められた業務でした。
人を評価することについて、Bさんは失敗を重ねたといいます。
Bさんはどんな失敗をしたのでしょうか。例えば、こんなことがあったそうです。
ある店舗がとびきりの業績を上げた年度がありました。売り上げは3店舗中トップで、前年度比150%の売り上げを叩き出しました。利幅も大きく、A社の発展に大きく寄与したのです。
数字からすれば、店長を務めるCさんは高く評価されて然るべきです。実際、Bさんはそうしました。
しかしながら、BさんはC店長を高く評価することにどこか引っ掛かりを持っていたようです。
Bさんの違和感が明確になったのは次年度のことでした。
翌年、C店長率いるチームの売上は急激に落ちました。利益率も低下し、店舗ごとに提案するべき企画の質も芳しくなく、提出期限に遅れることさえありました。
のみならず、Cさんが率いる店舗の離職率は急激に高まり、従業員からの不満がBさんに多く寄せられるようにもなったそうです。
BさんはリカバーのためにC店長を含めた店舗従業員に対する聞き取り調査を行ないました。
その結果、執拗な接客、部下の企画の横取りといった実態が明らかになったのです。
前年のC店長への評価が適切であったとは言い難くなりました。
また、Bさんはこんな失敗も経験しました。
ある店舗には問題社員がいました。
個人的な業績は良くなく、同僚を非難し、彼らの店舗の人間関係を業務に支障がでると思えるまで悪化させた社員です。Bさんは彼と個別に話し合うのに十分な時間を取り、彼の意見を聞く一方で、改善策を提案しました。
その案を彼はのみました。言葉に従うとその場で約束したのです。しかしながら、しぶしぶという態度があからさまでした。
ですから、Bさんは問題社員に対して、自分と同じように事態を受け止めるように説得を試みたそうです。そこで同調できなければ、結局事態は好転しないとBさんは考えたからです。
ところが、ある日を境にそうすることが間違っているのかもしれないとの思いがふいに頭に浮かびました。
なぜなら、Bさんの提案に、彼はしぶしぶではありますが、実行すると既に約束をしています。その後Bさんが彼に行なった説得は更に状況を良くするためのものであり、とりあえずは仕事上の必要は満たされていたのです。Bさんは、気持ちの共有まで求めるのは自分が安心したいためであることに気づいたのです。
結局、Bさんは次の人事評価の機会で、店長の評価を下げて、問題社員とされる彼の評価を若干上げました。問題発覚後の経過を観察して、彼らがBさんの提案をきちんと実行に移したかどうか、その達成度からの評価です。
店長は売り上げを回復基調に乗せました。それでも評価が下げられたのは、Bさんの提言を十分に実行しなかったからです。
いくら数字が上がっても、仕事のやり方が改まらないのであれば、また売り上げが落ちるだろうことは経験済みです。
一方で、問題とされた社員は提言を実行に移しています。もとより提言実行を約束した彼ですが、それが心から納得してのものではないことをBさんが懸念しなかったわけではありません。
しかし不思議なもので、たとえ最初は気持ちがついていっていなくても、行動を改めることで気持ちにも変化が生じたようです。
同僚は彼を受け入れるようになり、彼も徐々にではありますが、これまでとは違った表情を見せるようになっています。こうした変化を土台として個人的な売り上げも伸びているそうです。
こうした経験を経て、Bさんは人事評価の目的を部下の業務の改善にあると定めることができました。
それが決まると、評価の基準も改善姿勢などすべてを含めた業務の改善の達成度というふうに、一本筋を通すことができそうです。これまで明確にしているようで実は曖昧だった人事評価の目的と評価基準を定めることで、Bさん自身が悩ましいと思っていた評価という仕事への不安を解消することができました。
また、評価の目的と基準を全社員にアナウンスした上で、評価側が一貫性のある態度を示し続けたことによって、A社における評価に対する不満は解消されつつあるといいます。
目的と基準を明確にしたことで、評価の伝え方にも工夫が生まれました。Bさんを悩ませたのは、文書化した評価を渡すタイミングに最適なのは、部下と1対1で話し合う前なのか、その最中か、それとも後なのか、という問題でした。Bさんの結論は、対面して話し合うちょっと前に文書を部下に渡すのが最良ということです。
後で渡すと、さっきの言葉と文書の表現に差があれば部下は納得できません。最中に渡すと、せっかく1対1で話しているのに、彼は文書を読んでしまい、伝えたい生の声を聞いてくれません。だから、ちょっと前に渡してメッセージを咀嚼してもらってから、話し合うのが良いとBさんは判断しました。
その判断が生まれたのも、評価の目的と基準という土台があったからです。人事評価において、評価する側がいざその場で悩むことなく、また評価される側に対しても説得力をもつには、場当たりではなく、常日頃から会社が組織として社員に何を求めているかを明確に伝えることが必要と思われます。
それが評価する側、評価される側双方に説得力をもたらします。あなたの会社は社員に何を望むのでしょうか。