経営は「理屈ではない」と多くの経営者が仰います。ところが、究極の理屈であるところの数字、つまりは「売上」や「利益」を気にしない経営者はいません。しかし一方では、 会社の状況を明確に表す財務諸表に無頓着な経営者は少なくありません。
企業経営に「理屈」は通用するのでしょうか。それとも通用しないのでしょうか。
実際に経営をされている方々は、口を揃えて「理屈じゃない」とお答えになるかもしれません。
たしかに、企業経営が理屈だけで成り立つものならば、世の経営学者と呼ばれる人たちは優秀な経営者となっていてもおかしくないはずですが、実際には、そううまくはいきません。
ということは、やはり経営は理屈ではないのでしょうか。
しかしながら、経営が「究極の理屈」である数字に多くを頼っているのは事実です。その表れが財務諸表です。
「経営は理屈ではない」とする経営者が多い中、究極の理屈である数字(売上と利益)にはこだわりつつ、他の数字には無頓着というのが実態なのです。
A社は美容室を展開する会社です。創業12年にして3店舗まで増やし、従業員も20名近くいるそうですから、経営は順調と言えるでしょう。
実際にA社長もそれを実感しているようで、毎月すべての店舗で計上される利益を確認してはさらに気合が入る日々だといいます。
ここまで無我夢中でやってきて、仕事は楽しく、従業員も育っています。会社は成長したと言えそうですが、一方でまったく不安がないかと言えば、そんなこともないようです。
というのは、A社長は自分が数字に疎いということをかねてから認識していたのです。
数字に疎いといっても、もちろん毎月の売上や経費などはチェックしますから、おおよそのことは分かっているつもりです。しかし、財務諸表は読めません。
そうした状況にA社長はふと不安を覚えるのだそうです。経営は数字がすべてではないと思っていますが、一方で、会社を数字の側面からも把握できるようになったなら、もっと会社を活性化することができ、もっと売上を伸ばせるのではないかとも考えるからです。
といって、会計の専門書を買ってきて一から勉強、というつもりはありません。
そんな時間はありませんし、それはA社長の役割でもないからです。また、一気に数字漬けの頭になってしまうと、会社が変に偏ってしまうという怖さもあるからだそうです。
そこでA社長の頭に浮かんだのは、「ROA」という財務指標でした。それが何物なのかは知りませんが、株式投資をしている友人と飲んだ時、やたらとこの言葉が出てきたので頭に残っていたのです。
その友人が、株を買うに値する会社かどうか判断する基準として大切にしている一つが、このROAだとのことでした。
ということは、ROAというのは、対外的な信頼を得て、また成長すると目される会社か否かを表すもののようです。
調べてみると、ROAとは「Return On Assets」の略で、「総資産利益率」のことでした。会社の総資産を使って、どれだけ効率的に利益を出せたかという収益性をみる指標で、ROAが高いほど効率的な経営ができていると判断されるようです。
それでは、ROAはどうやって算出するか。いくつか計算の仕方があるようですが、A社長は簡単にできそうなものを選びました。
ROA=経常利益÷総資産×100
早速計算してみると、A社のROAは2.12%でした。
A社長は再度、ROAを自分なりに考えてみました。それは、「総資本を使ってどれだけリターンを生み出せているか」ということです。
このことに思い至ると、「難しい言葉を使っているけど、そんなに難しいことじゃないんだ」と腑に落ちました。
つまり、ROAとは、原資を使ってどれだけのリターンを生み出しているかですから、資産運用の利回りと考え方は変わりません。
つまり、リスクを負って、大切なお金を使い、人を雇い、お客様に喜んでもらい、利益を出す。その効率性、リターン率が、現在は2.12%という数字となって表れています。
これは、銀行金利や国債金利をはるかに上回っています。リスクを負って事業をやる意味の一つがここにありました。
A社長は正直に言って、たった一つの財務指標でここまで思考が広がるとは夢にも思っていなかったそうです。
思考のみならず、これまでになかったほど、いま手持ちのもので多くの利益を生み出してやろう、生み出すにはどうしたらいいか、といった意気込みに満ちているそうです。
会社経営は数字がすべてではありません。
それは、仕事というものが、社内においても、社外においても、心をもつ人間とのつながりから生まれるものだからです。
しかし、数字がすべてではないと言っても、売上をまったく気にしない経営者など存在しません。
売上は紛れもなく数字です。ですから、苦手だからといって数字をないがしろにしてしまっては、それは結局、自分に対しても、自分の事業に対しても嘘をつくことになり兼ねません。
よく言われるように、財務諸表を読めるに越したことはありません。
たしかに聞き慣れない財務用語が並び、数字が羅列している用紙を突きつけられれば、拒否反応を示したとしても仕方のないところもあります。
ただ、勘ばかりに頼らず、会社経営を多面的に、そして効率的に見ようとするならば、どうしたって数字はないがしろにできない部分でもあります。