働く人なら誰でも、風通しの良い職場を望むものです。それが心身に快適であることをみんなが知っているからです。ところが、自分たちの職場は風通しが良いと認識しながら、実際はそうなっていないケースも少なくありません。風通しの良さは職場の快適さだけでなく、他にもプラスの点が多いのです。
快適な職場づくりに大きな影響をもつと考えられているのは、断トツで「人間関係」です。つまり、職場の風通しの如何が職場を快適にする重要な要素になっています。
ただ、自社を風通しの良い会社と認識しながら、実はそうなっていないというケースも多いようです。
A社長が先代の跡を継いで会社の代表となって5年になりますが、このごろ先代の直截な物言いが懐かしく感じられるそうです。
A社長は大学卒業と同時にA社に入社しています。それから10年あまり先輩社員に揉まれたのですが、創業者の息子ということでどこかに遠慮があったことは否めません。
A社は創業から40年余になりますが、社員は今まで多少の変動はあったにしろ、30名前後で推移してきたそうです。
A社長が就任して以来、A社ではいくつものプロジェクトチームが立ち上げられました。
これは先代が現役のころにはなかったことで、A社長が自分のカラーを出す意図もありながら、必要に迫られてのことだったといいます。
すなわち、A社には会社としての歴史があるのですが、規模が小さいこともあり、社員の変動は少なく、各社員の役割がかなり固定化されていることにA社長は危うさを感じていたのです。
組織の硬直化を避けながら新商品開発を活性化させる、プロジェクトチームの立ち上げにはそうした意図があったのです。
チーム構成としては、A社長が就任以来進めてきた新規採用によって入社した新人から、中堅、古参社員まで、すべての層が部署を超えて含まれています。
それは定まった職務を超えた働きを期待してのことです。
それほど社員の数が多いわけではありませんし、ほとんどの社員同士が十年、二十年と顔を突き合わせている仲です。普段から軽口を叩き合う光景が見受けられました。
ところが、いざ会議となると、こうした関係性が悪い方に出ていました。お互いがお互いの立場や人柄をよく知っているだけに、言いたいことも言わずに済ますのが事をスムーズに運ぶ流儀となっていたのです。それに一番違和感を感じていたのは、実は入社年度の浅い社員だったのでしょう。彼らを見ていてA社長はそのことに気づいたからです。
だからA社長は、この閉塞感を当の彼らを活用することで打開しようと考えたのだそうです。具体的には、入社間もない社員をプロジェクトリーダーに抜擢したのです。
A社長は彼らに、「やりたいようにやって、言いたいことを言え。私がフォローしていくから」と伝えました。といって、すんなりいくはずもありません。
彼らがリーダーとして会議で発言すると、すぐさま周囲から反論が飛び出すという場面が頻発しました。しがらみもなく、立場も弱い新人相手だったからでしょう。
同席していたA社長は反対意見を押し止め、「最後まで聞こう」という言葉を、会議で何度も何度も繰り返したといいます。
こうしたやり取りが続くと、会議が変わっていきました。
社員それぞれが本当に腹の内に抱えている意見を表に出すようになってきたのです。おそらく、A社長の後押しによって、途中で否定されることはなく、「言ってもいいんだ」という雰囲気が醸成されていったのでしょう。
少しずつ「風通し」が良くなってきたとA社長は感じました。
次にA社長がやったのは、一人ひとりの社員が自分の考えている意見を言える土壌を会社に定着させる試みでした。
すなわち、会議で挙がった若手社員の意見から有望と思える提案を採用し、しかも当の本人を責任者に任命、経営幹部を補助に付け、最後までやり遂げることを指示したのです。
ただ、この案件は、失敗してもさほど会社にダメージのない案件が慎重に選ばれたそうです。その上で、A社長は補助に付けた幹部に対し、相談されるまで放っておくよう指示を与えたのです。
果たして、この案件ははかばかしい成果をあげるに至りませんでした。しかし、A社長はこの「失敗」を全社員の前で評価するコメントを発表したのです。チャレンジの結果だったからです。
この失敗はA社に金銭的な損失を与えましたが、もしかしたら会社に対して金銭では計り知れない思いを植え付けたのかもしれません。
それは、社員が「自分の意見を言ってもいいんだ」と認識することでした。またA社長自身、言いたいことを言うためには互いの信頼関係が不可欠であることを学んだそうです。
A社長が行った賭けは、社員の意識を変えるに十分でした。確かに社員は率直な意見をぶつけ合うようになりましたから、風通しは良くなりました。
ただ、それ自体が目的ではありません。A社長が風通しの良い組織を志向したその先には、一人ひとりの社員に能力を発揮させるという目的がありました。
風通しの良い組織とは、社員の可能性、そして組織自体の可能性を広げるのではないでしょうか。