スポーツの世界でスランプという言葉をよく聞きますが、正確にはどんな状態を指すのでしょうか。ある定義によれば「ある技能・技術の習得過程における成長の一時的停滞」とあります。
こうした定義を見てみれば、スランプは何もスポーツに限ったことではなく、その範囲は生活全般におよぶことが分かります。
実際、仕事をしていて「スランプじゃないか」と感じた経験がある方も少なくないのではないかと思います。
スランプは「一時的」なもので、その後には必ず「成長」があるものです。ただ、そうは分かっていても、本人にしてみればできる限り「早く」スランプからは脱出したいものです。
個々の社員に目を向けてみると、会社の経営ほどには順調にいっていない者も当然ながらいるようです。それが営業部門に所属する入社10年目のBさんでした。
これまで営業成績は常にトップクラスだったそうです。そのBさんが人知れずひとり悩んでいたのです。
Bさんの悩みというのは、「これまでうまくいっていたやり方で仕事を進めているのに、どういうわけか契約が取れない」というものでした。
契約が取れないこと自体が悩みというよりも、契約が取れない理由が、さっぱり見当がつかないことが悩みの種だったというわけです。
理由がはっきりしませんから、契約を逃すたび本人は「なんか調子悪いのかな」と思うしかなかったそうです。
そんな調子でしたから、段々と外出するよりも会社にいる時間の方が長くなりがちで、上司である営業部長に発破をかけられて見込先へと向かってはみますが、どうにも話が具体的にならないのです。
結局、部長としては「ちょっと疲れているだけだ。しっかり寝れば調子も戻ってくる」というくらいのことしか言えなかったそうです。
しかし、その後もBさんの調子が上向くことはありませんでした。元気がないわけではないのですが、仕事の結果が一向に出ないのです。
そんなとき、Bさんはテレビを見ていて偶然思いがけないヒントを得たのです。
プロゴルフ選手がトーク番組で、スランプについて語っていたのです。
「あの時期、私は焦っていたんだ。朝早くからコースに出て、誰よりも多くボールを打ったと思う。打てば打っただけ、早く立ち直れると思ったんだ」
「でも、それは間違いだったようだ。逆のことをやっていたんだよ。私がやるべきは練習場に戻って練習することだったんだ。つまり、これまでやってきたことを最初から「ゆっくり」やり直すこと。そうやって私は「スランプ」から抜け出たんだね」
Bさんはこの言葉を力が抜けていく思いで聞いたそうです。
すなわち、ステージは違っても同じくスランプに陥っているのだと自覚することができたということです。それだったらプロのやり方を真似てみようとその場で決心したそうです。
まずBさんがやったのは、入社後しばらく付けていた「仕事メモ」を見返すことでした。そこには自分でも別人と思われるような詳細な顧客情報がびっしりと書き込まれていました。
顧客との打ち合わせの会話も逐語的に記録され、どんな小さな情報も逃すまいとする姿勢がそこにはありました。
それがBさんの「これまでやってきたこと」であり、これを最初から「ゆっくり」やり直す必要があったのです。
以来、Bさんは闇雲に見込客を訪れることはやめました。基本的な情報を集めた上で、一つ一つの会社の担当者から丁寧に話を聞き、会社ごとに特有のニーズを正確にくみ取っていったのです。
仕事に慣れて顧客のニーズを類型化してしまうと、自分には「小さな」ニーズと思えても、相手にとっては「大きな」ニーズであることを見逃してしまうこともあるでしょう。
ここに気付いてからというもの、Bさんは営業先から声が掛かることが多くなり、受注に至るケースも飛躍的に増えたそうです。
「何となく仕事がうまくいかない」時期は誰しもあるものです。原因は様々でしょうが、いつの間にか「ズレ」が生じているのではないでしょうか。
ビジネス社会でもスランプは十分にあり得ます。そんな時、「ゆっくり」行動してみてはいかがでしょう。スランプとは、以前はうまくいっていたからスランプなのです。であれば、当時を振り返るための自省は決して無駄でないはずです。
それは自分の自信がどこから来ているのかを探ることでもあります。そして自信の源泉を探るには「ゆっくり」自省することも必要かと考えます。