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赤坂の社労士事務所

福岡市中央区赤坂の社労士事務所「赤坂経営労務事務所」の
COLUMNです。
労働・社会保険の諸手続や助成金活用、給与計算、就業規則の
整備、評価・処遇制度の構築など、人に関わる分野から経営を
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社会保険労務士法人赤坂経営労務事務所
代表社員 大澤 彰

就業規則は風土そのもの

就業規則

 厚生労働省の「平成27年度個別労働紛争解決制度の施行状況」(平成28年6月8日)によると平成27年度は、前年度と比べ、総合労働相談の件数が微増、助言・指導申出、あっせん申請の件数が減少していますが、ただし、総合労働相談の件数は8年連続で100万件を超え、高止まりしています。

 このような状況を踏まえ、労使トラブルを未然に防ぎ、会社を思わぬ危難から守るために「就業規則」を重視する経営者も増えてきています。
 しかし、就業規則の意義は労使トラブルの防止に止まりません。A社で起こった事件を取り上げながら、就業規則の可能性について考えたいと思います。

 A社が不動産の仲介・管理業を始めて40年以上が過ぎています。今では地域一帯でA社に対する信頼は厚く、街のあちらこちらでその物件がA社の管理の下にあることを示す看板を目にすることができるほどです。
 現在の代表はA社長。3年前に先代が突然に亡くなり、その跡を継いだ形です。
 しかし、それよりずっと以前からA社長はA社に入ってこの仕事についていましたので、代替わりはスムーズだったそうです。
 会社の内容は契約件数の減少、家賃の滞納など、問題がないわけではありませんが、A社は手堅い商売を続けてきました。

 そのような中、A社を定年退職したベテラン社員Bさんから「法外な」退職金を請求されて困っているというのです。A社は中退共(中小企業退職金共済)に加入していて、Bさんにはすでに中退共から退職金を支払い済みです。
 ところがBさんから、それとは別に就業規則に定めた退職金規程に基づいて、一時金を満額支払ってほしい旨の配達証明郵便が届いたというのです。
 しかし、A社長は就業規則にある退職金に関する定めはおろか、就業規則そのものの存在さえ知らないといいます。
   退職間際、Bさんが退職金のことを口にしていましたが、A社長は当然、中退共のことだろうと思い、気に留めていなかったので、突然、配達証明郵便が届いてびっくりしてしまったというわけです。

 即刻、Bさんの携帯に電話をして事情を確かめてみたそうですが、ちゃんと退職金を払ってほしいと繰り返し、就業規則に書いてあるのだから、と断固たる態度だったといいます。
 A社長の話では、Bさんは自分が就業規則作成時の従業員側の中心だったから、その内容もよく憶えていると言っていたそうです。
 一方、A社長はそんなものは知らない、の一点張りです。
 しかし、本当に就業規則があり、退職金に関する定めがあるとしたら、従わなくてはいけないことは明らかです。何はともあれ、就業規則の存在の確認が先決と探してみることにしました。
 社内をくまなく探したところ、総務部の書庫の片隅から就業規則が出てきたそうです。確認してみると、たしかに退職金の定めも記載されていて、Bさんの請求額は適正なようです。
 どうやら、その就業規則は先代が景気も良く、今よりも従業員が多かった時代に作成
したもののようです。
 ですから、その記載に従った額をこの時期に支払うことは、大変な痛手でした。しかし、退職者とのトラブルを避けたい、というA社長の思いもあり、支払うことにしたのです。

 以来、A社長は就業規則の見直し作業に取り掛かったそうです。
 今回の事件の引き金でもあり、また会社の現在の経営状況に不釣り合いということで、最初に手をつけ始めたのは退職金に関する項目でした。
 A社長とすれば、退職金の額を少しでも抑えたいというのが正直なところです。とは言っても、そう簡単に退職金の減額に関して従業員から同意が得られるとも思えません。従業員との話し合いには、経営者としての熱意と真摯な姿勢が求められます。

 考え抜いた末にA社長が出した結論は、労働条件の改善でした。A社では成約に至った際、その契約金額の一定割合を歩合給として支給していますが、その割合を高めようというものです。もちろん、全社員が対象です。
 これを材料として、A社長は従業員との話し合いに臨みました。就業規則の現況、そして変更したい点をまず説明しました。従業員が一斉に難色を示したのは予想されたことでした。
 そこでA社長は会社の経営状況を包み隠さず開示し、その上で労働条件の改善についても言及したそうです。しかし、もちろんその場で結論が出るはずもありませんでした。結局、1カ月に及ぶ話し合いの末に、従業員の同意を取り付け、就業規則の変更はなされたのでした。

 この後、A社長にはまた別の考えも浮かんでいたそうです。
 つまり、たしかに就業規則は会社を守ってくれる側面もあるが、従業員にもっと元気に働いてもらうためのものとして機能させたいという考えです。
 その時、A社長の念頭にあったのは、Bさんが退職する際にまとめて取った有給休暇だったそうです。

 法律的には辞める際にまとめて有給休暇を取得することは拒否できませんが、このことは労使双方にとって特段の利益があるとはA社長には思えませんでした。
 有給休暇で従業員に元気を充電してもらい、その活力を会社に持ち帰ってほしいというのが、この1カ月就業規則と向き合ってきたA社長が有給休暇に求める思いでした。
 そこで早速、勤続1年以上の従業員を対象に、強制的に連続5日間の有給休暇を取得させる制度を従業員に提案したそうです。

 仕事の遅滞を理由に反対の声もありましたが、うまく前後の週休とくっ付ければ9連休は魅力です。
 導入を進めるため、この制度をまず管理職から利用させたそうです。最初は文句を言っていた彼らも、休み明けのその表情は例外なく晴れ晴れとしていたといいます。
 その空気は他の社員にも伝染していったというのがA社長の感想です。そして、「これが求めていた雰囲気だ」と確信したそうです。

 A社長の言う「雰囲気」とは、時が経てば「風土」となっていくのでしょう。
 就業規則には労使トラブルを未然に防ぐという大事な機能がありますが、それだけに止まらず、社員のモチベーションを上げるという機能を付加することも、やりようによっては十分に可能です。

 
しかしそれは、他の会社のものを流用しても、到底実現できません。どんな会社にしたいか、何を成し遂げたいか、つまりは経営理念と照らし合わせて就業規則を熟慮してみてはいかがでしょうか。 

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